ポールスミスのはじまり

メンズウェアのイギリスのブランドとしてテイラードの伝統的な形を守りつつ、機能性や実用性に優れたポールスミス(Paul Smith)は多くの人を魅了しています。 イギリス、ノッティンガム出身のポール・スミスは、1970年イギリスのノッティンガムにてケンゾーやマーガレット ハウエルを扱うセレクトショップとしてポールスミスリミテッドを設立、スタートしました。 その後4年間でビジネスについてや専門的なデザインワークなどを実際の仕事をしながら学んでいたそうです。当時ポールが手がけたデザインの伝統的なスタイルと、流行のストリートの感覚を上手に融合したメンズファッションが話題になりました。 そしてその仕事ぶりは、ノッティンガムのポールスミス・ショップや、オーガナイザーとしてロンドンのファッション業界でも噂になるほどでした。 1974年、その噂を聞いたブラウンズ社に、専任のデザイナー兼コーディネーターとして採用されます。ポールはここでショップ経営をしながら、ブラウンズ社のブランドデザインなどを手がけ、同社の発展に大きく貢献しました。 ポールは自らのショップ経営をしながら、ブラウンズ社の買い付けや商品デザインを3年間します。その仕事ぶりから顧客の数が増え、月曜から金曜までフルに営業するまでとなりました。この経験からポールは自身のオリジナルブランドを作ることを決心します。

アパートの一室でのコレクションショー

最初に作ったのは、自分のブランドロゴが入ったシャツでした。初めて購入してくれたお客様は、ニューヨークの有名なバーニーズのオーナーの息子で、200枚ものシャツを買ってくれたそうです。 1976年、パリ・コレクションに初参加し、自分のコレクション・ショーをパリのアパートの一室を借りて開きました。モデルは友人たち、フィッターもポーリーンや友人が担当し、家から持ってきたステレオで音楽を流すなど、全て自分たちの手作りでしたがショーは大成功でした。

パリのホテルでの展示会

1977年、ポールスミスブランドのシャツを作っていたアールニューボールド工場が不景気で倒産しそうになり、ポールはこの工場を買い取りました。同年から毎年パリで展示会を行えるようになると、1978年に、パリのホテルで展示会を開きます。 初回は、たった二人のバイヤーが訪れただけでしたが、徐々にその人数も増えていきました。工場の生産手配や納品チェック、梱包発送、請求書作りなどは全てポール一人で行っていたそうです。 多忙ながらもデザインコンサルタントやカラーコンサルタントも兼務し、デザインとビジネスのノウハウを身に着けていきました。 1979年、ロンドン市内のコベントガーデンについにショップをオープンします。
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