パンクファッションの立役者

パンクファッションの立役者であり、独特の世界観と唯一無二のファッションを作り上げてきたVivienneWestwood(ヴィヴィアンウエストウッド)は、老若男女問わず、世界中の人々を虜にしてきました。 1971年のロンドンで誕生し、当時はアンダーグラウンドカルチャーとしての認識が強かったパンクファッションを一躍トレンドに押し上げ、コレクションを成功させるなどして、一気にトップデザイナーとしての地位を確立しました。

スタイルの変化

名実ともにその名が広く知れ渡るようになった1990年、ロンドン・メイファー地区にヴィヴィアンウエストウッドのお店をオープンします。 これまでヴィヴィアンウエストウッドといえば、反骨精神のあるパンクファッションをした若者のイメージが強く、デザイナーであるヴィヴィアン自身にとってもヒーロー的な存在でした。 しかし、1988年から1990年代にかけては、イギリスの上流階級スタイルを茶かしたような小生意気な女の子へとシフトします。ヴィヴィアンウエストウッドのファッションアイテムとして今も高い人気を誇るハリス・ツイードがコレクションで発表されたのも、ちょうどこの頃でした。 パンク=チェックのイメージを定着させたヴィヴィアンウエストウッドですが、1993~94年の秋冬コレクションのアングロマニアで発表するべく、独自のタータンチェック柄を新しく制作しています。 また1993年は、元々レディースのファーストラインであるヴィヴィアンウエストウッド ゴールドレーベルに、セカンドラインでプレタポルテ(既製品)のヴィヴィアンウエストウッド レッドレーベルを加え、分割させます。 メンズラインであるヴィヴィアンウエストウッド マンが登場したのはそれから3年後で、ミラノコレクションで発表されました。

日本初の旗艦店オープン

同年の9月には、日本で初めての旗艦店であるヴィヴィアンウエストウッド 東京が日比谷にオープンします。日本初上陸となるヴィヴィアンのショップ登場で、これまで以上に日本での人気が高まっていきました。

二つの新ラインスタート

1998年には、若年層をターゲットにしたカジュアルラインとして価格もお手頃におさえたアングロ・マニアをスタートしました。ヴィヴィアンウエストウッドらしいアイコニックなテイストはそのままに、ユニークで斬新なプリントやディテールが若者を中心に人気を集めています。 さらには、この年にファーストフレグランスも発表しました。ブドワールと名付けられたフレグランスは、フレッシュな花に官能的なスパイスが加わったセクシーな香りが特徴です。 そしてヴィヴィアンウエストウッドのアイコン的存在であるオーブをそのまま蓋に取り付けたような瓶は、そのままオブジェとしても楽しめると数ある香水でも不動の人気を誇っています。 最近では、ファッション以外にもデザインの幅を広げているヴィヴィアンウエストウッドですが、2012年にドコモのAQUOS PHONE、2014年には航空会社のユニフォームをデザインしました。
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