順調な世界進出

1986年工房をアレッサンドリア郊外に変え伝統技術を守り「ボルサリーノ(Borsalino)」は製造を続けます。多いもので70以上の工程を経て帽子を完成させるボルサリーノの帽子は、熟練した技術を持つ職人たちが約7週間の時間をかけ作り出す製品です。 1992年には、企業家であるガッロ・モンティコーネ(Garro montikōne)一族へ経営を引き継がれることになります。1998年にはニューヨークへ展開の場を広げ、ボルサリーノ・アメリカが誕生しました。 その後も順調に、北米エリア、南米エリア、カリブエリアと促進し、日本でも製造販売に関する独占契約をオーロラという企業と行うこととなります。 ガッロ・モンティコーネ一族の経営支配下になってから約6年という短時間で、世界規模に販売を展開し成功していきました。 2005年、イタリア・ミラノで開催されるミラノコレクションにてボルサリーノはトータルウェアを発表し、同時にミラノに基盤店をオープンします。 2006年には、現在アレッサンドリア大学として利用されており、ボルサリーノのアレッサンドリア工場として使用していた場所の一室に“ボルサリーノ博物館”を設置しました。創業当時に使用していた設備や当時から現在までの帽子が展示されています。

ボルサリーノ・ジャパン

2007年日本で独占販売を行うオーロラでは、ボルサリーノ・ジャパンを作り、より一層販売を強化していきました。 この年、150周年を迎えたボルサリーノは日本で祝賀会を開催し、イタリアの首脳陣と今後の発展と理念の周知を行います。この時、150周年とボルサリーノ・ジャパンを記念して限定モデルを発表しました。

危機を救ったカンペリオ(Canperio)

2015年、ボルサリーノは倒産の危機に直面します。イタリアでは大々的なニュースとして取り扱われました。それに救いの手を差し伸べたのが、イタリア人の実業家であるカンペリオ(Canperio)氏です。 ボルサリーノの買収を行い、窮地を一旦救うことになりました。その後もイタリア本社での経営問題などが起こり、2016年にはスイス人オーナーに経営が変わっています。
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