始まりは「シャネル・モード」から

「貴女にとって永遠の愛用品となるために」をテーマに、ファッションを通して、女性たちに新しい生き方や価値観を提案してきたブランド、シャネル(CHANEL)。 1910年、ココ・シャネルがパリのカンボン通り21番地に、「シャネル・モード」という帽子の専門店をオープンしたのがブランドの始まりです。 当時、煌びやかな装飾が施された帽子ばかりだった中で、シンプルなデザインの帽子が評判となり、たちまちシャネル・モードは人気店となっていきました。 その3年後の1913年には、高級リゾート地ドーヴィルにモードブティックをオープン、さらに2年後の1915年にはフランスのビアリッツに初のクチュール店をオープン、翌1916年には、初のオートクチュール・コレクションを発表し、その人気は高まるばかりでした。

「女性の解放」

シャネルの打ち出した機能的でありながらシックさを追求したデザインは、当時画期的であり、「女性の解放」のひとつとして、文化的な側面からも高い評価を獲得したのです。 また、この頃から、身軽で動きやすい服のために、本来男性用の下着に使われていたジャージ素材や、紳士物とされていたツイード素材を使って女性用のスーツに仕立てたり、メンズだけのものだと思われていたパンツスタイルをレディース向けに提案するなど、その独創的で新鮮なスタイルが女性たちの心をとらえ、新たなトレンドを生み出しました。 1921年には本店をカンボン通りの31番地に拡張移転。

「No.5」の開発

また、調香師エルネスト・ボーとココ・シャネルの共同開発によって、シャネル初にして永遠のベストセラーとなる香水「No.5」(ナンバーファイブ)を発表します。 この名前は、サンプルで作られた何種類かの香水に番号が振られており、その中の5番目だったものをそのまま商品名にする、という画期的なものでした。

シャネルの急成長

その後も、1924年には香水専門のパルファン・シャネル社を設立し社長に就任、1925年には「マトラッセ」を発表、1929年にはアクセサリー部門の設立。 1930年代後半頃までに、服地専門のファクトリーの開設、アメリカのアパレル企業とパターン契約を締結するなどして着々と事業を拡大、従業員4000人を抱える大企業にまで成長していったのです。

低迷期へ

しかし、1939年に第二次世界大戦が勃発したことで、シャネルは店舗の閉鎖を余儀なくされてしまいます。 そしてその15年後の1954年、スイスからパリに戻ったココ・シャネルがモード界に復帰を果たし、シャネルは稼働を再開。 そして1971年1月10日、ココが次のコレクションの準備中に自宅で亡くなってしまったのを境に、ブランドとしての「シャネル」は、低迷期を迎えることとなるのです。
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