クロムハーツを愛用する日本の芸能人は数多くいますが、氷室京介だけは、リチャード・スタークと個人的に深い交友関係を持っており、別格だと言われています。

伝説のバンド BOØWY

氷室京介は1981年、当時は「氷室狂介」の名前で、ギタリストの布袋寅泰らと共にBOØWY(ボウイ)というロックバンドを結成。今までにないソリッドでエッジの効いたロックサウンド、髪を逆立てるなどの尖がったビジュアルで爆発的な人気を獲得するも、1987年には突然の解散宣言。わずか6年のバンド活動に終止符を打ちました。 翌1988年に行われた「LAST GIGS」のライブチケットは、10万枚を用意していたにも関わらずわずか数分で完売、電話回線がパンクするという異例の事態を巻き起こし、社会現象となりました。日本の音楽業界においては、「BOØWY以前」「BOØWY以後」という言葉が存在するほど、当時の音楽シーンをガラリと変えたバンドだったのです。 バンド解散後、しばらくソロ活動を続けた氷室京介は1995年にアメリカに渡り、そして1997年にはクロムハーツの革加工を行うファクトリーでリチャード・スタークとの対談が実現しています。そもそもこの対談は、是非自分たちの活動拠点を氷室京介に見てほしい、というリチャードの提案で実現したものだったそうです。

意気投合したリチャードスタークと氷室京介

その対談の中で氷室京介は、クロムハーツを着てステージに立った際のエピソードを披露しています。「だいぶ以前のツアーの時、クロムハーツのレザージャケットを着てステージに上がったんだ。それで、ライブも中盤に差し掛かって脱ごうと思ったんだけど、アクセサリーが引っかかって脱げなくて。時間もなかったし、腕のところをハサミでバッサリ切っちゃったんだよね」と。 それを受けてリチャードは、「オレの作った服をバッサリ切ってしまうようなヤツは初めてだったから嬉しかったんだ。だから敬意を表して、新しい革を当てて作り直しプレゼントしたんだよ」と答えています。ステージに夢中になって、どんないい物でも遠慮なくバッサリ切ってしまう氷室京介、そしてそれを意に介さず、むしろ喜んで敬意を表するリチャード・スターク。そこには、お互いの中に通じ合うスピリットのようなものがあったのかもしれません。 氷室京介のツアー衣装はクロムハーツの特注で、驚くべきことに、コンサートグッズまでクロムハーツが出ているようです。世界中を見てみても、コンサートグッズでコラボレーションしているのは氷室京介くらいと言われ、リチャード・スタークと氷室京介の関係の親密さがうかがえます。
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