激動の時代

ファッション界のトップデザイナーとして活躍し続けていたイヴですが、企業としてのイヴ・サンローランは1990年代には、激動の時代を迎えることとなります。 1993年、サノフィ・ボーテ社によりイヴ・サンローランを買収されます。2000年前後は、ブランドの買収合戦が繰り広げられていた時代で、LVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)やグッチを保有するPPR(ピノー・プランタン・ルドゥート:現ケリング)などによる激しい攻防が繰り広げられており、その中にイヴ・サンローランも巻き込まれてしまいました。 1997年、リヴ・ゴーシュのメンズラインのデザイナーに当時は無名に近かった、エディ・スリマンが就任し、約3年に渡ってメンズラインを活性化させ、1998年からはジーンズライン「サンローラン」も手がけ、1999年にはリヴ・ゴーシュのレディースラインのデザイナーにアルベール・エルバスが就任し、イヴ本人はオートクチュールに専念します。 しかし2000年、PPRによってサノフィ・ボーテが買収され、イヴ・サンローランはPPRの傘下になり、この買収劇の中でエルバス、エディはイヴ・サンローランを離れます。 2001年にはリヴ・ゴーシュのデザイナーとしてグッチを再生させたデザイナーとして名高いトム・フォードが就任します。 2002年には、パリ・オートクチュール・コレクションを最後にイヴは引退を発表します。イヴの後任を継ぐことが出来る人物などいるはずもなく、オートクチュール部門はイヴの引退をもって閉鎖します。 2003年にはトム・フォードがリヴ・ゴーシュのデザイナーを辞任し、2005年、アルマーニ、プラダなどと渡り歩いてきたステファノ・ピラーティが後任となり、2012年までデザイナーとして務めることになります。 このように約10年間で買収や新たなデザイナーの就任、イヴの引退など、イヴ・サンローランは大きく変革していきました。 そして2007年、第一線を退いたイヴはその長年の功績からフランスのサルコジ大統領からレジオン・ドヌール勲章グラントフィシエを受賞します。

イヴの死

しかし翌年の2008年、イヴ・サンローランはガンのため逝去します。告別式では、カトリーヌ・ドヌーブやサルコジ大統領夫妻ら約800人が参列し、フランスだけでなく世界中のマスコミで大きく取り上げられ、世界中が偉大な功績を遺したファッションデザイナーの死を惜しみました。 若くして才能を発揮し、クリスチャン・ディオールのデザイナーに抜擢され、約40年間デザイナーのトップとして活躍し続けたイヴ・サンローランは歴史に残る天才デザイナーであったことは、これまでの歴史を見れば一目瞭然です。 世界のファッション業界に大きな影響を与え、「モード界の帝王」と称されたイヴが残したブランド、「イヴ・サンローラン」は、彼のアイデンティティを残しながらもこれからも輝き続けることでしょう。