絵画に惹かれた少年時代

アンダーカバーのデザイナー高橋盾は1969年9月21日、群馬県桐生市に生まれました。小学生時代は6年間、デッサン教室やかかし絵教室に通っていたそうです。 そして、同教室の自由奔放な指導により絵画の魅力に引き込まれていき、中学の卒業文集に「将来の夢はデザイナー」と書いていました。

パンクロックへの憧れ

1985年、パンクロックバンド「セックスピストルズ(SEX PISTOLS)」の影響でパンクロックファッションに強く感銘を受けます。この時から高橋盾のバックボーンとして根強くあるパンクロックに強く惹かれていきます。 それと同時にファッションのへの憧れを抱き文化服装学院へ入学することを決めます。

コネクションの拡大

1988年文化服装学院へ入学します。入学後はクラブイベント「ロンドンナイト」へ足を運ぶようになります。この「ロンドンナイト」へ足を運ぶことにより、ファッション関連のコネクションが次第に増えていきます。 そして2年生になり後にアンダーカバーを共に立ち上げるヴァンダライズ(VANDALIZE)デザイナーの一之瀬弘法と出会います。 同年にイギリスのファッションブランド「ヴィヴィアンウエストウッド(Vivienne Westwood)」がアンダーグラウンドシーンでショーを開催、その際に高橋盾がモデルとして参加します。 このころよりパンクファッションブランド「ミルク(MILK)」のデザイナー大川ひとみと交流が始まり、さらにファッション関連のコネクションを拡大していきます。

アンダーカバーの立ち上げ

文化服装学院3年生のとき一之瀬弘法と「アンダーカバー(UNDER COVER)」を立ち上げます。最初は手刷りのTシャツや一点物の販売を行っていました。卒業後は渋谷区内にオフィス兼住居を構えブランドを本格化していきます。 その時は、在学中に交流があったミルクのメンズライン「ミルクボーイ(MILK BOY)」に卸し等を行っていました。また当時、ドラマ「鎌倉恋愛員会」に出演していた俳優藤井フミヤのスタイリングも担当していました。 その後も「アベイジングエイプ(A BATHING APE)」のNIGOとセレクトショップ「NOWHERE」をオープンさせるなどブランドの勢いを増し、裏原ファッションシーンを牽引していましたが、1995年秋冬のコレクションを最後に一度ファッションショーを休止、ビデオ制作に取り組みます。 元々東京コレクションデビュー時から3回目で一度区切りをつけることが、高橋盾の決意だからという考えのもとでした。

妻 森下瑠子との出会い

その後1997年秋冬のコレクションにて東京コレクションに復帰します。このコレクションのモデルオーディションの時に、現在の妻の森下璃子と出会います。 また同コレクションで「毎日ファッション大賞」の新人賞・資生堂奨励賞を受賞します。そして2年後、1999年に森下璃子と入籍をし、翌2000年「株式会社アンダーカバー」に改組します。

川久保玲の助言

2001年10月、当時2002年春夏コレクションの発表後の時にブランド「コムデギャルソン(COMME des GARCONS)」のデザイナー川久保玲から「パリでショーを見せたら皆きっと喜ぶと思います」と助言を受けます。この時すごく感銘を受けた高橋盾は、パリコレクション参加を決意しました。 こうして現在様々な手法でファッション界の「異端児」として高橋盾はあり続けています。
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