デザイナー 川久保玲

コムデギャルソンを立ち上げるまで

コムデギャルソン社の代表取締役社長にしてオーナーデザイナーである川久保玲。一般的にデザイナーというと、服飾系の学校を卒業している印象が強いですが、実は彼女は服飾系の学校を出てはいません。

1942年10月11日、東京に生まれた川久保は、慶應義塾大学文学部哲学科を卒業後、株式会社旭化成の宣伝部に入社しましたが3年で退職。その後しばらくはフリーランスのスタイリストとして活動していました。

その際、広告撮影の仕事で、自分がイメージするスタイリングに必要な服がどうしても見つからないことがあり、自分で作ることにしたのです。

以来、必要に応じて服作りをするようになりスタイリングをするだけでなく、デザイン、パタニング、縫製、仕上げまで一貫して自ら手掛けるようになりました。

そして1969年にプレタポルテ(高級既製服)の製造・販売をするファッションブランド、コムデギャルソン(Comme des Garçons)を立ち上げ、1973年には株式会社化します。

「黒の衝撃」

そして1975年には東京コレクションに初参加を果たし、1981年にはパリコレクションにも初参加。翌年のパリコレクションでは「黒い服」「穴開きニット」などを発表し、世界のモード界を震撼させる「黒の衝撃」を巻き起こしました。

以後、コレクションごとに既存の常識を破壊するような問題作、テーマを発表し続けると同時に、精力的に派生ブランドを生み出し続け、世界に「川久保玲」「コムデギャルソン」の名を轟かせています。

輝かしい受賞歴

その中で、1997年には英国王立芸術大学名誉博士号を授与された他、2001年に芸術選奨文部科学大臣賞を受賞、2004年にはフランス国家功労勲章オフィシエを受賞しました。

実は彼女、1993年には同勲章のシュバリエも受勲しており、このオフィシエの受勲により一階級昇級を果たしたことになります。、さらに2012年にはファッション界のオスカーと言われるアメリカのCFDAファッションアワード国際賞を受賞と、その輝かしい受賞歴も枚挙にいとまがありません。

数々の名言

そんな彼女には、世によく知られる名言もまた多く存在しています。

「私は、今までに存在しなかったような服をデザインしたい。自分の過去の作品に似た物も作りたくない」、「既に見た物でなく、すでに繰り返されたことでもなく、新しく発見すること。前に向かっていること。自由で心が躍ること」など、常に新しいことに挑戦しようとする姿勢は非常に印象的です。

その他「私のやってきたことは芸術家としての活動ではありません。『創造を通したビジネス』を展開することのみを継続してきました」

「デザイナーだからこそ経営もする。そのようにして自己完結できてこそ、デザイナーとして真の独立が可能なのです」

「私にとってデザイナーであることとビジネスウーマンであることは切り離せません。私にとってはひとつで同じ意味です」

など、ファッションとは、単なるデザインやアーティスティックな活動ではなく、その商業的な成功まで含めたビジネスなのだ、という信念も感じ取ることができます。

そんな川久保玲は既に齢70歳を超えています。ですがいまだに既存の概念を疑い、問いかけを繰り返し、今までになかった物を生み出し続けようとする姿勢は衰えることを知らず、コムデギャルソンの新しい挑戦は続いています。

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