順調な事業拡大

1863年、「ジョン・ジェイコブ・ボシュ」が、友人である「ヘンリー・ロム」を会社の共同経営者として迎え入れ、正式に「ボシュロム(Bausch & Lomb Optical Company)」として設立されました。 その後ボシュロムが開発した硬質ゴム製のフレーム眼鏡が、使い勝手の良さから高く評価され、順調に売り上げを伸ばしていきます。 1866年には硬質ゴムの製造元であるアメリカン・ラバー社と業務提携し、アメリカの中心であるニューヨーク市に営業所を開設しました。 ロムはニューヨークで営業の指揮を執り、ボシュはロチェスターで研究と開発に集中するという2人の共同経営が形成されていきます。 順調な収益がボシュの研究を支えて、開発技術を次々に生み出していきました。 1874年には事業を拡大し、ロチェスターにあるセントポール通りとビンセント通りに3階建てのビルへ移転。

ボシュの息子の大発明

その場所がこれから100年に渡り、レイバンの本社となる場所となります。そしてこの頃、ボシュの息子であるエドワード・ボシュ(Edward bausch)の指揮のもと開発された顕微鏡が会社に足跡を残し始めました。 エドワードは眼鏡技師である父の影響もあり、14歳で顕微鏡を作ったといいます。大学卒業後は、父の事業に参加。顕微鏡ライン開発に携わり、1876年フィラデルフィアで開催された万国博覧会に顕微鏡を出展しました。 1880年には、写真用レンズを製造ラインに加えます。その中でも特許を取得したという「レンズ間アイリス型ダイヤフラムシャッター」は、何枚もの重なる部品が円形の形をしており、露出される時間に合わせて、絞りの大きさを調節できる大発明でした。 1900年代前半のレイバンはボシュとロムの時代から、ボシュの息子であるエドワードやウィリアムへと時代が移っていきます。そんな中、ウィリアムが高品質の光学ガラスの製造に成功。 今までヨーロッパの輸入品に頼っていた光学ガラスを、自身でより良い品質のものを生産することが可能になりました。その技術はとどまることを知らず、航空機に搭載される測量用のカメラレンズやパイロット用のゴーグルなど、空にまで発展していきます。

「Ray-Ban サングラス」

そこで生まれたのが、パイロット向けに開発された「Ray-Banサングラス」です。 その後1937年より一般向けでも販売が開始されたRay-Banサングラスは、1990年代の長きに渡り、ボシュロムの人気ブランドとして、ファッションや映画などの分野においても大きい影響を与えることとなりました。 その後も1951年には映画用のカメラ、1983年にはコンタクトレンズに関連した事業を強化するためレンズケア用の工場をアメリカへ建設するのです。 1984年には各国の消費者のニーズに応えるべく、国際部門も開設しました。1980年代後半には、使い捨てレンズや煮沸なしの消毒ケア用品を開発するなどし、業績は右肩上がりとなります。 2000年代には、眼科医療のプロフェッショナルとしてポジションを固め現在に至ります。1953年に創業したボシュロムは、創業者の想いを越え、今のレイバンの未来を創り上げました。
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